富士登山と金剛杖
初めて富士山頂まで登った。
噂では、色々と聞いていたが「富士山は登る山ではない見る山だ」
「頂上は、緑も何もない瓦礫の山だ」果たしてそうなのか。
今年も26万人と過去最高の登山者を迎えた。
何を目的にみんな富士山に登るのだろうか?
富士登山の魅力とは?自分の目で確かめたかった。

 今回の富士登山ツアーは、富士登山教室「ごうりき」の近藤光一さんが主催する「山小屋でご来光を見る一泊ツアー」。無理のない日程でゆっくり富士登山を楽しむという趣旨のツアーの同行取材。スチール撮影班(僕とカメラマン久保田君、ライターの小林さん)とホームページ用ムービーの撮影班(早川君、渡辺君)といっしょだ。

空前の富士登山ブーム。
若い人たちも華麗なファッション
(山スカ)で富士の山頂を目指す。
ファッションと金剛杖が
不思議と似合っている。

 午後3時に五合目を出発。僕らが登ったのは、7月の終わり。まだ本格的な富士登山シーズンが始まる前だったが、五合目は登山客の面々でごったがえしていた。とにかく若い登山客が増えたのが印象的。若者が富士山に登る目的は?ブームということもあるけれど、それだけではないはずだ。

 六合目までは、森林限界の中をなだらかな斜面を登る。このあたりは、本当にハイキング気分。風に吹き去らされた枯れ木の白い肌と苔の緑が印象的。まだ、色んな高山植物の花もチラチラ見える。登山道入口の案内所に登山計画を提出。これから本格的に山頂を目指す。緑はなくなり、赤茶けた光景が広がり、いきなり瓦礫止めのバリケード?雰囲気は万里の長城みたいな要塞の脇を登り出す。午後の光を受け、七合目の山小屋が輝いている。今日の目的地が見える。見た目はとても近い。ところがここからが難関、ジグザグに山小屋に向かって登っていくのだが、空気が薄くなってきているのと、荷物の重みが段々と肩と足に堪えてくる。百メートル登っては休み、とにかく焦らずゆっくり体を慣らしながら登る。ガイドの近藤さんは、とにかく休憩をいっぱい取りますからゆっくり登ってください。と注意していた。休みながら大きく深呼吸をして下界の風景を見る。ずいぶん登ったものだ、山中湖が見える。でもまだまだ目的の山小屋との距離は縮まらない。

山小屋の上に立つアメリカの国旗。
富士登山では、たくさんのアメリカ人に出会った。

 岩場に差し掛かる、肩に提げたカメラがぶらぶらと邪魔なのでタスキにかける。今回僕が持参したカメラは、フィルムカメラのニコンのF4「エフ・よん」とにかく重いカメラだ。こんな時代遅れのカメラをぶら下げているのも僕ぐらいだろう?でも富士山で使うのは「エフ・よん」に決めていた。耐久性はあるし、頑丈だ。それに何よりも「デジタル」ではなく「フィルム」で富士山を撮ってみたかった。でも後で気づいたのだが富士山は細かい砂埃がすごいので「エフ・よん」ぐらいきちんと防塵対策をしてあると安心かもしれない。

山小屋の屋根に乗せられた岩が輝く。
向こうに見えるのは八ヶ岳。

 夕暮れが近づいてきた。富士山の斜面に夕日が沈む。反対側の斜面には赤い月が昇ってくる。こんな景色は下界では見ることができない。平衡感覚がなくなる斜めの景色だ。夕暮れの中を何件かの山小屋を通り過ぎ目的の山小屋に向かう。やっと七合目。

 午後7時。どことなく昭和を感じさせる山小屋の風情。水や甘いお菓子が売店に並んでいる。屋根には石がのせられ、まるでアジトのようだ。富士山が日本ではなく、どこか違う国に来たような気がする。または戦後まもない昭和の時代か?現実と過去の狭間の別世界を彷徨っているようなトリップ感を覚える。みんながアウトローだったあの時代の懐かしさを感じた。これもひとつの富士山の魅力だろう。生きるためにギリギリのモノしかここにはないのだ。余分なものはない。それが必然的にあの時代やどこか違うアジアの辺鄙な村のイメージを呼び起こすのだろうか?

山小屋のスタッフのシャツが風になびく。
富士山では全てが輝いて見える光も魅力。

 目的の山小屋に到着。この山小屋は、富士山の中でも近代的。現実に戻る。とても富士山にあるとは思えないペンション風。でも泊まるには快適です。早速食事を取る。(ハンバーグ定食、生ビールもある!ないのはお風呂ぐらいか)富士山では水がとっても貴重。洗面所の水もないので、顔を洗うのですら持参の水を使わなければならないが、自分の飲み水の方が大事だからあきらめる。売店でペットボトルの水が売っているが(500円ぐらい)買ってそれを使うのは反則でしょう。

雲海から昇るご来光が見えてきた。
この日は本当に天気に恵まれた。

 遠く雲海の果て(甲府盆地の辺りか)に輝く雷を見て「明日は4時起床、早く寝なければ」と早々と寝床に付く、さすがに夜になると冷え込んでくる。

撮影の立ち位置を決めながら、
ご来光を待つ僕。
雲の水平線?が徐々にオレンジ色に
染まっていく。

 4時起床。日の出が4時45分なので慌てて仕度。今回の目的は、雲海から登る朝日をバックにガイドの近藤さんを撮影するのがメインなので、薄暗い中、ロケーションの良い岩場の辺りで場所を決める。雲海がうっすらピンクに染まっていく、近藤さんの立ち位置を決めてベストポジションを探す。雲海が明るくなってきた、日の出が近い。まるで海のようだ。このまま雲が体を受け止めて泳いでいけそうだ。近藤さん一行が到着、ちょうど朝日が昇り出す。ジャストタイミング。天気に恵まれて本当に幸運。カメラマンの久保田君がシャッターを切る。これはバッチリでしょう。一安心。でも自分で撮るのは忘れていた。一段落してようやく「エフ・よん」のシャッターを切る。「シャキーン」「シャキーン」富士山にフィルムカメラのシャッター音が響く。ずいぶん陽は登ってしまった。まあ僕は、記録用の趣味カメラなのでいいんですけどね。

おじいさんが使った
金剛杖を持つ小林さん。

 山小屋に戻り荷物をまとめ、一行を追いかけ頂上を目指す。ここでライターの小林さんとお別れ、小林さんは喘息があるので、これから上は体力的に無理。ゆっくり下山するそうだ。お別れに朝のコーヒーをいただきながら、おじいさんが使ったという貴重な金剛杖を持って来たという小林さんを記念撮影。金剛杖には、昔の焼き印が押してある。おじいさんも頂上まで行けなかったそうだ。山小屋で新しい焼き印を押してもらいながら、「頂上まで連れてってあげたかったんだけどなー」と小林さん。でもこうやって、引き継がれる思いは素晴らしい。金剛杖も富士山のひとつの文化だ。

富士山八合目。素晴らしい景色を見ながら
一息つくカップルのシルエット。

 八合目、九合目と黙々と登る。頂上の鳥居は見えているのになかなか着かない。とにかく八合目が長い。近藤さんのツアーも健脚組とゆっくり組と二班に分かれ、近藤さんは、ゆっくり組に同行するそうだ。ご来光を頂上で見る弾丸ツアー(夜中に五合目を出発して暗い中、ご来光に合わせて頂上にたどり着く)と違って、近藤さんが推奨する「山小屋ご来光ツアー」は、無理をせず五感で富士山の魅力を感じながら登るツアー。明るい中をゆっくりと景色も楽しめるし、色々な発見もある。僕も頂上まで色んな発見があった。素晴らしい景色はもちろん、日常とは違った異空間を旅する気分は、今の日本ではこの富士山でしか味わえないだろう。

近藤さん一行が頂上に到着。

 とにかく頂上まで、たくさんの人と出会った。アメリカの兵隊さん(寡黙でどことなくシャープな趣だからたぶんそうだろう)流行の山ファッションを着込んだ女の子やカップル、本当にそんな格好で登ってきたのかと思う短パンTシャツの子(危険だからやめてください)。もちろん一生懸命登っている年配の方もいる。ただ、感心するのは、苦しいはずなのにみんな晴れやかな顔なのだ。きっと僕も含めて、みんなの頭の中には、頂上に着く目的しかない。俗世間(日常)から離れて何の迷いもない。富士山を登っているみんなが同じ気持ちで向かっているのだ。そこには日本の最高峰富士山を自分の力で制覇するという宗教にも思える世界がある。ひとつの目的のため日本だけではなく、世界からも、しかも老若男女が集まってくる。その数毎年20万以上。これはすごいことだ。みんなの思いが富士山の頂上に届くのだ。

 富士山に登れば世界観が変わると言っていた近藤さん。確かにそんな世界観の中を短時間でも共有することができたなら、心の中に今は気づかなくともひとつの宝を持つことになるだろう。頂上で迎えてくれた近藤さんはシーズン中、五十回以上富士山を登ると言う。登るのがつらい時もあるけど、登ったらまた登りたいと思う。不思議ですね。と笑っていた。

 そうだな次に登る時は小林さんの金剛杖を頂上まで連れてってあげようかと思った。