二人のロースターは午前5時半から動き出す。

だちばなし01:極めし者たちのディープなはなし

「最近飲んだコーヒーで、これ美味かったってある?」
「最近ねぇ。うーん、寺崎コーヒーのルワンダ」
「…もう何年も焼いてない」

何やら親しげな二人の男性の会話が聞こえてくる。どこかで見たことのある顔だな、と思ったら甲府駅の北口と南口にあるコーヒーショップの各店主だった。

寺崎  「いつもうちの店に来て言うけど、やってないからね。じゃあ衝撃だったコーヒーは?」

アキト 「衝撃って言われてもパッと出てこない」

寺崎  「僕はアキト君がロンドンのお土産でくれたドロップコーヒー」

アキト 「あー、あとホンジュラスとかティムのエチオピア」

寺崎  「あれ超えるコーヒーは中々ないね。やっぱり美味しい」

アキト 「飲んでても、わけわかんない」

寺崎  「ローストで浅く炒り止めれば軽いコーヒーにはなるじゃない。だけど自分でやっても甘みが出てない、フレーバーが出てない、って必ず足りなくなる」

寺崎コーヒー/オーナー・ロースター 寺崎 亮

二人はコーヒーを淹れて提供するだけでなく、自分で豆の焙煎をするロースターでもある。朝5時半には準備を始めその日に出す豆と向き合う毎日を続けているそうだ。ラジオ体操だったら、とっくにスタンプカードは真っ赤になっているだろう。その二人がグゥの音も出ない味のコーヒー。ぜひ飲んでみたいものだ。

寺崎  「ティムのエチオピアとか、いくつフレーバーが出てるんだって感じだよね」

アキト 「もうジュースというか、コーヒーだけであの味を出せるっていう衝撃。やっぱ農園いけるっていうのは強い」

寺崎  「北欧とかオーストラリアじゃスタンダードだよね」

アキト 「山梨でいうワインと一緒。勝沼のぶどう農園で直接ぶどうを見て、そこからワインを作れる」

寺崎  「僕らみたいなマイクロロースターじゃ無理。焙煎のクオリティもまだまだ研究していかないと」

アキト 「焙煎の技術も上がって、豆を農園から直接買い付けて、このコーヒーが飲めるのは寺崎コーヒーとAKITOコーヒーだけですよ、って北欧みたいになったら面白そう」

寺崎  「しかも向こうじゃブームとかじゃなくて、それが当たり前になってるからね」

どうやら日本はコーヒー文化においては出遅れ気味らしい。閉店後の寺崎コーヒーを通り過ぎた時、暗い店内でコーヒー豆を食べている二人の男を見たことがある。そういう人が増えるということだろうか。今日の夕飯はイルガチェフェだから早く帰ってきなさい、と息子を見送る一般家庭の母。いや、ないない。豆を食べてた人は特殊なんだろう。誰とは言わないが。

寺崎  「日本だと、やる側の力みが強いのかもしれない」

アキト 「そういうのが楽しいって感じるのは、コーヒーショップやっているからなのかな」

寺崎  「そうかもね。広い目で見ればブランドにこだわらず『ブレンド』って言って出てくるコーヒーもコーヒーだから、それ自体が日本の文化なのかもしれない」

アキト 「家で飲むとしても、なんとなくじゃなくて楽しんで飲んでもらいたいなって思うんだけどね。例えば産地によってコーヒーの色がカラフルだったら、誰でも違いがわかるかなって思うけど、ドロップコーヒーと日本で売られているコーヒーってこんなに違うのかってくらい違うじゃん。だから実際に並べて飲んでもらったらどうなるんだって興味ある。あのエチオピアって寺崎コーヒーで飲めるんですよね?」

寺崎  「いや〜、かけ離れたもんが出てくる(笑)。それはいいとして、僕らは焙煎の苦労とか豆の良さを知ってるから、わかる味なのかもしれないよ。もしかしたらいつものコーヒーの方が美味しいっていう人がほとんどだったりして」

アキト 「まぁ、それは慣れてる部分もあるから。僕らのやっている、目指している浅煎りコーヒーって日本人はあまり飲み慣れてないだろうし、商売向きではない」

AKITO COFFEE/オーナー・ロースター 丹澤 亜希斗

商売向きじゃないコーヒー、つまり日本で普及させるのが難しいコーヒーということだろう。確かに日本で飲まれているコーヒーは、酸味よりも苦味の強いものが好まれている。それは同時にコーヒー=(イコール)苦いという固定概念を生み、コーヒー嫌いな人を作り出している要因に思える。よし、今だ。颯爽と私の意見を挟みこもうとしたら、話題は別のステージへと移っていた。南無三…。

目指すはティムのエチオピア。最高の味を求めて。

寺崎  「最近、何か試した?」

アキト 「あ〜僕は割と抽出温度が90度下回るくらいなんだけど、いや〜ドロップコーヒーの記事を見たら92度とか93度で。割と低めでやってるのかと思ってたから意外と高いなっていう印象。だから、同じように高めに出したらどうなるんだろうって、今日はそれやってました。リョウさんは何かあるんですか?」

寺崎  「エチオピアの挽き目を少し粗くして湯温を少し高くしたら、ちょっとだけフレーバーがすっきり出た。で、今度はその反対やったらどうなるのかなと思って」

アキト 「どうなりました?」

寺崎  「味全体が薄っぺらくなって、酸味が強調された。だから粉の量を調整し直した…」

アキト 「あと日数というか、賞味期限はあまり関係ないですよね。多少風味が落ちるにしても、うまい豆はやっぱりうまい」

寺崎  「買ってからだいぶ経っちゃったかなって思ってもティムの豆とか、酸味、甘味、フレーバー、質感、全部出てるからなぁ」

先ほどから二人がしきりにティムティムと言っているのは、私が知りうる限りのティム、鬼才の映画監督ティム・バートンのことでも、ミスティック・リバーでオスカーに輝いた俳優ティム・ロビンスのことでもなく、世界中のコーヒー好きたちが彼の生み出す味を求めてノルウェー・オスロまで足を運ぶという、業界では誰もが知るワールド・バリスタ・チャンピオンの一人、ティム・ウェンデルボーという人物のことらしい。あとでティムの写真を見たが、視線だけで焙煎できそうなくらい目力が半端なかった…。

アキト 「本当にそのレベル。何をどうやってるんだろう、っていう。話が戻るけど、やっぱり浅煎りの美味しさをお客さんにちゃんと伝えたいって思う。深煎りが悪いってわけじゃないけど、僕らはこっちが楽しいから」

寺崎  「そうそう。同じコーヒーっていう一本の線上にあるんだけどね」

アキト 「聞いた話だけど、浅煎りにこだわっている東京のお店で深煎りを注文したら『うちにはないです』、みたいな。それでいいと思う部分もある」

寺崎  「逆に深煎り注文されたら『すいません、浅いのしかなくて』って申し訳なく思うかな。ただ浅煎りっていうこだわりを変えるのは、違う」

アキト 「僕らも豆選びから浅煎りに向けてるわけだから。今からもう明日はこれを試そう、あれをやってみようって毎日考えてる。お客さんに、そういうのを気付いてもらう必要はないけど。今日だって、ほらダンパー」

寺崎  「ああ、ダンパー(空調のこと)ね。自分じゃ大分開いて風送ってる、今までこれ以上ないってくらい風を引っ張っていたつもりなんだけどなぁ。固定概念に囚われないように思っていても、悉く覆される」

アキト 「東京のお店とかなら、そういう情報交換とかもっと盛んなんだろうけど、山梨だと難しいというか」

寺崎  「時代としては恵まれてるでしょ。インスタとかね。昔の方がもっと閉鎖的な世界」

アキト 「でもインスタとか見た後『あれ見た!?』って言う相手がいないよ、お互い(笑)」

寺崎  「そういう人が増えてほしいよね。お客さんも含めて」

アキト 「グラインダー(豆を挽く機械)変えたら『お、とうとう変えたね〜』って言ってくれたり(笑)」

寺崎  「ミトス(グラインダーの製品名)を使うようになってから、かなりエスプレッソがスムーズに出るようになったねぇ、ロスないねぇ、とかって言われたい(笑)」

髪型を変えて気づいてもらえたら嬉しいものだけど、機械を入れ替えて気付いてもらいたいという欲求はよくわからない。もし二人の願いが叶ったら訪れた女子高生たちから 「マジ寺崎のグラインダーヤバくない?」なんて会話が生まれるのだろうか。それは確かにヤバそうだ。

アキト 「ちょっと詳しいお客さん来たら嬉しい。多少緊張するけど、楽しいよ」

寺崎  「そういう人が増えて、気軽に来てくれたらいいよね。他のコーヒーショップの人でもいい。終始無言でも同業者って大体わかるから、最初から話しかけてもらいたい。嗜好が合う合わない関係なく、話がしたい」

アキト 「逆にこっちも深煎りの店とか行く。勉強になるし、学ぶところが多い。リョウさんの店にも隙あらば飲みに行く」

寺崎  「最初にアキト君から開業したい、って店に来てくれたのは嬉しかったよ。そういう人いなかったし」

アキト 「めっちゃ勧めましたよね。いつやんの?早くやりなよって。今考えたらめちゃくちゃだなって思う」

寺崎  「アキト君、すごい意欲的でこっちも乗せられたんだよ。でも今度はアキト君の店を利用する若い人に、そういう姿を見せて頑張る人が増えてほしいなって思うよ。人気店だし」

アキト 「何を言ってるんですか、全然ですよ。コーヒーの美味しさを知ってもらうために、僕らもっと努力しないと」

寺崎  「そうだねぇ、まずはそこだねぇ」

奥深くて、本当は気軽に触れられるコーヒーの世界。
その入り口の扉を開けてくれる男が甲府に二人いる。
日本のコーヒーが生まれ変わる日も、
彼らは変わらずこんな話をしているんだろう。
もしかしたら、新しいダチと一緒に…。

それは、ともかく二人のだちばなしは、今日もつづいているのだろう、
あちらこちらで場所も、時間も問わずに。


寺崎コーヒー

住所:山梨県甲府市丸の内1丁目20-22
電話:055-233-5055
営業時間
火〜金:AM 7:30 – PM6:00
土日:AM10:00 – PM6:00
月:CLOSE


AKITO COFFEE

住所:山梨県甲府市武田1-1-13
電話:055-254-3551
営業時間
火〜金:AM 7:30 – PM6:00
土日:AM10:00 – PM6:00
月:CLOSE


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