互いの個性が互いの視野を広げた

ここ甲府だよね?と疑問を持ってしまうような光景が目の前に広がっていた、屋上に組まれたセットの前にはブロンド髪の北欧美女。そしてカメラを構える奇抜なファッションに身を包んだ二人。
彼らの顔には無邪気な笑みが浮かんでいる、何かイタズラを思いついたように。

井原 「2015年くらいだっけ?」

高野 「もっと前から、いろんなところで純平くんの話は聞いてたよ。派手なカッコして写真撮ってる人がいるって」

井原 「Facebookのメッセンジャーでメッセージくれたんだよね。そのときの熱量が滅茶苦茶すごくて(笑)」

高野 「気になってたからさ。僕がナンパした感じだね。で、交際がスタートした(笑)」

井原 「当時はひとりでイベントやストリートのスナップ撮ってて。ヘアサロンの作品撮りとかもやりはじめたころかな。カメラマンの知り会いが本当にいなかったから。しっかりスタジオに入ってやってるカメラマンに出会えて嬉しかった」

高野 「2016年まで俺はスタジオで働いてて、独立した同じ年に純平くんと二人でエキシビションやることになったんだよね」

井原 「Jewels&Thingsで、オープニングとクロージングで地元のDJの人たちに入ってもらったんだよね。懐かしいなあ」

高野 「初めて、展示会で自分たちの世界観を、空間を含め写真で表現するっていうのはいい経験だったよ。レコードの判型に合わせて自分たちの写真をジャケみたいにして貼り付けてさ」

井原 「印刷が結構高いから、金もなかったし全部D.I.Y.(笑)。バサって置いて、目当てのレコードを探すように作品を展示販売するアイデア、良かったね」

高野 「そのエキシビションをきっかけにブライダルのクライアントワークしたり、高校生のバンドのMV撮ったり、純平くんと一緒にやることが増えた気がする。お互いで、スタイルの違いを楽しんでる感はあるよね。純平くんは俺の中のセオリーをぶっ壊してくれた」

生物学的な意味ではなく、概念としての“男”という生き物は、旧くから体裁や道具にうるさい生き物だ。好きなことなら特に、こだわりはゆずれない。自分にとって大事な感覚のためなら時にルールを破ることを厭わない。

高野 「純平くんの『カッコよければいいじゃん』っていう感覚に刺激を受けて、だいぶ俺も肩肘張らなくなったかな。道具も全部変えた。スタジオにいるときはずっとキヤノンだったけど、もともと好きだったニコンにしたし」

井原 「逆に、僕は瑞生さんがスタジオワークでやってたノウハウを、スナップや作品に活かしているところに惹かれた。光の回し方とか。それってちゃんとカメラやってないとできないことだから。瑞生さん、覗く目も変えたんだよね?」

高野 「右目で覗くよりも、左で覗く方が感覚的に自分に合ってるんだよね。右目でファインダーを覗いて左目で実像を追う方が構造上合理的ではあるけどね。でも変えちゃった。純平くんは最初ニコンだったけど、今ライカ使ってるよね」

井原 「ずっとライカで写真を撮ることが憧れだった。レンズも50㎜1本で数十万するようなメーカーだけど、一生かけてそれを追求するみたいなストイックさがカッコいいなと思って。ヨンジュン・クーっていう好きなフォトグラファーがいて、この『LIKEWISE』は、全部ライカの35㎜単焦点レンズで撮った写真集。刊行イベントで急遽来日したのをSNSで知って、その足で都内まで会いに行った(笑)。ファッションスナップを撮りたいと思ったのはその人の影響が大きい。瑞生さんはそういうフォトグラファーいる?」

高野 「俺はポートレートが好きだからレスリー・キーかな。実際会ったこともあるんだけど作風というより、撮影している姿や人柄が好き。すごい気さくな人で、被写体との接し方とか関係性の築き方とか、自分の世界観にグイグイ引き込んでいくところに魅力を感じるね。人を丁寧に撮っているのが写真に表れてる」

二人の好きな写真家の共通点は「ファッション」であるとすぐに分かった。そういえばこの二人のファッションもかなり独特なものがある。井原純平はヨンジュン・クーの『LIKEWISE』をパラパラとめくりながら、高野瑞生とともに世界中のファッショニスタが足を運ぶ、NYコレクションへ写真を撮りに行ったときのことを語り始めた。

井原 「NYコレクションの会場に二人でストリートスナップしに行った経験はここ最近の自分にとってはたぶん、いちばん大きかったかな」

高野 「観光とか一切せずにひたすら二人で撮りまくったね」

井原 「メシも近くの安いピザ屋とか、テキトーなとこで、写真PCに取り込んで、見返して、滅茶苦茶ストイックだった。真冬で天気も悪かったし、雨に濡れながらとにかくシャッターを切ってたのを覚えてる」

高野 「いろんなファッションメディアが会場前に集まっているなかでいかに自分らしいスナップを撮るか考えてたよ」

井原 「会場着いたら、別行動(笑)。瑞生さんがストリートでフォトブースみたいにして撮ってたのは目立ってたよ。路上にでかいストロボ立てて、モデル呼び止めて(笑)」

高野 「メディアの人たちは、200㎜くらいの望遠レンズでバシャバシャ撮ってたけど、それとは違う写真を撮りたくて。仕事で行ったわけじゃないし、自分の作品撮りに行ったわけだから。で、行き着いたのが、路上にストロボだった(笑)」

井原 「モデルさんとかギャラリーたちは『なんだなんだ?』みたいになってたよ(笑)。でも、光回して綺麗に撮ってもらえるのはモデルさんたちは嬉しかったんじゃないかな」

高野 「純平くんは単焦点で超接写してたね。ライカのゾフォートも使ってたね」

井原 「ファッションスナップなのに顔しか映ってないみたいな(笑)。僕も撮りたいもの突き詰めたらそうなってた。ゾフォートで撮った写真をそのままモデルに渡してたんだけど喜んでもらえたよ」

高野 「純平くん、めっちゃ派手なカッコしてたから媒体やファッションカメラマンに取材されてたよね(笑)。撮る人のスタイルって大事だと思う。俺が撮られる側だったら、カッコイイ人に撮ってもらいたいもん。もともとファッションが好きってこともあるけど、知らない人同士が会うときって身に付けているものや着こなしで印象が変わってくる」

井原 「本当にそうだね。時にはカッコや道具でハッタリをカマすことも、行きたい場所に行って撮りたいものを撮るときに必要だなと思った。よく分からないインタビューいくつか受けたし(笑)」

高野 「受けてた、受けてた(笑)。その様子を通りの向こうから俺撮ったよ(笑)」

井原 「それくらい目立ったおかげで、モデルとの距離感を詰めることができたっていうのも大きい」

高野 「NYに行って写真を撮る瞬発力は身についたと思う。スタジオワークとは全く異なる環境で、レタッチもなし。スタジオやクライアントワークに慣れちゃうと、ソフトでの修正ありきで考えてしまうこともある。あとで色起こせばいいや、とか明るくすればいいやとかね。仕事の上では大事なことだけど、それとは別にいかに瞬間的に、撮りたい画を切り取れるかを試せた。いい経験だったな」

井原 「僕は、NYから帰って地元の甲府をよく見るようになった。広い視野で甲府を見られるようになった分、結局撮りたいものは地元にあったっていうことを見つけられたかもしれない。“NEWYORK”と“KOFU”をかけた『NEW KOFU CITY』っていう友人たちが作ったワードがあるんだけど、それにインスピレーションを受けて、甲府のクールな部分を切り取って、NYとのつながりを見出そうっていう試みをライフワークとしてやり始めたよ」

高野 「クールなもの=新しいもの、何もかも整えられた綺麗なものにはならないところもストリートスナップの面白いところだよね。ありのままの生々しさ、リアルさが正義でクールなんだっていう価値観。そう考えると、甲府にはいっぱいストリート的な面白いものがあると思う」

世界のストリートを見た二人が、これから撮りたいもの

ニューヨークで最先端のファッションシーンをファインダー越しに捉えたその眼は、華やかなNYとは対極にある地元・甲府を別の視点で見るようになったようだ。高野瑞生は、地元ならではの価値ある体験を被写体に提供できるのでは?と考え、井原純平は、フォトグラファーとしての活動の傍ら、病院勤務のソーシャルワーカーとして働く環境を活かし、自分にしか出来ない作品を模索しはじめた。

井原 「山梨を拠点にして活動しているけど、今後、違う場所に行く可能性って瑞生さんはある?」

高野 「その場所に縁があれば。今、どこに拠点があっても、発信はできるし行こうと思えばどこにでも行ける。山梨を拠点にするなら、いろんな場所へ行って仕事しなければ意味ないかな」

井原 「拠点が山梨でも、違う場所からフックアップされなきゃそれはどこに行っても変わらないよね」

高野 「山梨に住んでるからこそ、写真撮りにNYに行ったりいろいろな場所に行って仕事したりすることで、山梨を発信することにも繫がるからね。拠点は山梨にあっても、仕事や撮りたいものがあればどこにでも行く。純平くんはカメラで作品を作り続けるのとは別で、医療系の仕事してるじゃん?写真と交わる部分や、これからの動きってどう考えてる?」

井原 「職場の人たちもフォトグラファーとしての活動を理解してくれてる。院長と話して院内に写真を展示させてもらったり。この前、地元のテレビの取材があって、フォトグラファーとソーシャルワーカー両方の側面を撮りたいってことになって職場にもカメラが入ったのは嬉しかったね」

高野 「写真とソーシャルワーカーを両方続けていくことに自分も周りも納得してるんだね。純平くん自身、どちらも楽しめてやってるならすごくいいことだと思う。その環境にいる純平くんにしかできないオリジナリティだから」

井原 「“二足のわらじ”が自分らしくていいかなと思ってる。瑞生さんみたいにカメラマン一本で、クライアントワークと作品づくりを続けるっていうのはもちろん大変なことだしリスペクトもしてるけど」

高野 「人それぞれのスタイルがあって、それが切り取るものに反映されるから写真って面白いよね。純平くんが身を置く医療の現場だからこそ撮れる作品っていうのを見てみたい気がする」

井原 「それも面白そう。スタイルの違いにコントラストが生まれるっていうのも、僕が瑞生さんと二人で何かやるときに楽しいって思うひとつかもしれない。あと、あえてルールを課したりして撮るものを決めてるんだけど、自分の写真を見返すとそのときの心境、撮りたかったものってのが如実に分かる。そういうスナップを重ねて行きたいかな」

高野 「俺は写真単体だけじゃなくて、撮影自体をエンターテイメントできるようになりたいって思った」

井原 「それは瑞生さんらしい発想だよね」

放課後の校庭と夕暮れ時の街の灯り、
鳴り響く17時のチャイムの音。
負けじと鳴り続けるシャッター音。
「笑って」「怒って」「ちょっとだけ笑って」
感じるままに注文をつけていく。
異なるキャラクターと作品性を持つ二人には、
いったいどんな景色をファインダー越しに
覗いているのだろう。

それは、ともかく彼らのだちばなしは、今日もつづいているのだろう、
目の前に広がる一瞬、一瞬を切り取りながら(了)

TEXT:TOMOHISA MOCHIZUKI(VALEM) PHOTO:KAZUHIRO OKUYAMA

井原 純平 JUNPEI IHARA

1987年・笛吹市出身
フォトグラファー ソーシャルワーカー(日下部記念病院)


大学卒業後、ソーシャルワーカーとして精神科病院に勤務。医療の現場で患者のポートレートを撮ったことを機に、写真の世界に魅了され、医療職と平行し、写真活動を行う。海外でのファッションスナップや、代表作である90歳になる自身の祖母のポートレート(「GRANDMA FUKUE」)、10日で10人のヌード撮影などバイタリティに溢れた活動が注目を集め、インスタグラムフォロワーは1万人を越える。ニューヨークと甲府の街を独自の視点で切り取った写真展「NEW KOFU CITY」(山梨県立図書館2019.5.2-5)は全国から多く来場者を集め、反響を呼んだ。現在は、『医療と写真をつなぐ』という新たな取り組みとして、精神科病院内で写真展を開催している。


Instagram:___idol___
web:https://www.idolmade.com/

高野 瑞生 MIZUKI TAKANO

1984年・笛吹市出身
フリーランスフォトグラファー


22歳の時、ブラジルを旅したことを機に写真を始める。ブライダルオフィス、フォトスタジオに勤務。クライアントに寄り添った撮影を追求したいと思い、2016年にフリーランスへ転身。
現在は山梨を拠点に、スタジオワークで培った多彩な撮影技術と知識を基に、ドラマチックかつユニークなプライベートウエディングや記念日撮影を行っている。最近は山梨の魅力を世界に発信すべく、留学生と共同した作品作りや、様々なまちづくり事業にも携わり、フォトグラファーの枠を超え、精力的に活動を行っている。


Instagram:amarcord1984
web:https://www.amarcord1984.com/

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