戌井昭人という男。

作家、劇作家、役者ー。
いろんな顔を持つ多才な男、戌井昭人は、独特の空気感をまとっている。
真面目に話しているのに、どこか力が抜けていて、真剣に演じているのに、いい具合にいい加減な雰囲気がする。
つかみどころがない、どこか漂っている感じがする。

「鉄割」はおっさんたちの寄り合いですよ。

始まった瞬間、頭の中のすべてを持っていかれた。考える余地なし。歯切れがよかったり悪かったりの独特のテンポで繰り広げられていく、芝居も歌も踊りもありのパフォーマンス。気付くと、その世界にどっぷりと入り込んでいた。目が離せない。笑いが止まらない。
「徹割アルバトロスケット」。戌井さんが主宰しているパフォーマンス集団
だ。立ち上げたのは1997年。大学時代に入った文学座を退所して、仲間とともに「鉄割」を始めた。
「自分が思う感じで自由に動けるようになりたいなって思ったんです。まあ、おっさんたちの寄り合いですよ。おっさんが何かやろうと集まって、たまたま俺が台本を書いているというだけです」
一つの演目は5分ほど。約10人のメンバーが入れ替わり立ち替わり現れてはパフォーマンスを繰り広げ、約30の演目を次々と披露していく。
「宇宙人家庭教師」、「問題のある家族対抗歌合戦」、「ワイルドサイド歩き」。タイトルを見ただけでもかなり刺激的だ。ほかにはない独自の世界観が溢れ出ている。そして登場する人々が、なんとも味わい深い。
「あの人、弁当をあんなふうに食べるんだとか、日常の中でおもしろいなって思ったのを覚えておくんですよ」
気付いたら目が離せなくなるような、ちょっと毒があるけど愛を感じる、変わり者だろうけど愛さずにはいられない、戌井さんのアンテナに引っかかるのは、そんな人たちだ。戌井さんはそんな日常の中で見え隠れしている非日常を発見する才能の持ち主なのだろう。

今はとにかく書き続けたいと思ってます。

「自分からはまったくやる気がないって言ったらダメですけど、話が来た時にやっている感じですね」
役者業について、戌井さんはちょっと照れくさそうに笑いながらそう言う。気負うところがまったくない。求められるから応えている。そんな姿勢だ。
本を書き始めたのも、知り合いに「小説書いて、食えるようになったらいいじゃないか」と言われたことがきっかけだったという。
「そう言われて書こうかなという気持ちになったころ、舞台を見ていた出版社の編集者の方に書いてみませんかと言われたんです。でも実際に書くまでにはそれから1、2年はあったかな。怠けていたんでしょうね」とゆるく笑う。
だが、2008年に『鮒のためいき』でデビューするとすぐに高い評価を得て、翌年の2009年の『まずいスープ』で第141回芥川賞の候補になった。
「『まずいスープ』を書いた後も、やっていけるぞ、とまではなっていませんでしたね。でもこれでやっていきたいという思いがあって、書いていくことに決めました。そんな時に芥川賞の候補になったので、まだいけるって思えましたね」
その後も2013年に『すっぽん心中』で第40回川端康成文学賞を受賞。2016年には『のろい男 俳優・亀岡拓次』で第38回野間文芸新人賞を受賞した。芥川賞はこれまで5回候補になっている。
「『まずいスープ』の時は全く想定していなかったので、獲ったらどうしようと思ったりもしました。でももしあの時獲っていたら、あぐらをかいてやらなくなっていたかもしれないですね。まだ獲ってないので何も言えませんけど。今はとにかく書き続けたいと思っています。芥川賞を獲ることは、書き続けるきっかけになると思います」
周りの期待は高まるばかりだが、本人はいたってフラットだ。そんな戌井さんが歓喜に震える姿を見てみたい。震える戌井さんは想像できないが。

うろうろしたのを作品にできるっていいですよね。

「鉄割」の舞台やインタビューなどから垣間見える戌井さんは、戌井さんの著書『俳優・亀岡拓次』の主人公と重なる。
脇役専門の俳優である亀岡拓次は、謙虚で不器用だが愛すべき男。恋人なし、貯金なしで、趣味はオートバイ。サウナと、居酒屋やスナックで飲むのが好き。そんな人物だ。
「半分ぐらいは自分が入っていますね。ひょうひょうとしていてマイペースなおじさんの亀岡は、憧れであり願望です。自分はもっとせこせこしていると思うので。せっかちなんですよ」
「鉄割」でまだお客さんを入れている開演5分前に舞台を始めようとしたこともよくあるそうで、「考えたらおかしいですよね」と笑う。
そんなせっかちな雰囲気は確かにあるが、何事にも動じなさそうな、日々の小さなことなんて全く気にしてなさそうな、堂々とした雰囲気も漂っているから不思議だ。
そういえば亀岡の物語には、山梨も舞台として登場している。
「山梨は河口湖に友達がいて、学生のころからよく来ていました。山梨って言葉が荒っぽいんだけど、そこが好きなんです。友達のお父さんは勝手にものの名前をつくる人で、なんだかすごくおもしろかったな。作家の深沢七郎も好きで、ああいうユニークな人が山梨にはいますよね」
そういう戌井さんもユニークというところは負けていない。いい感じに力の抜けた独特の空気感は、どうやら子どもの頃から変わってないようだ。
「子ども時代はみんなの先頭をいく子ではなかったですね。ずっと中間ぐらいの立ち位置にいて、ひねくれていましたよ。まっとうに何か頑張っている感じではなかったなあ」
中学生になると、自転車でうろうろしてばかりいたそうで、そこも今も変わっていないという。
「休みの日はうろうろしていますよ。上野のサウナに出掛けて休憩室で寝っ転がって新聞読んでいる感じかな」とくしゃっと笑う。そしてつぶやいた。
「そうやってうろうろしたのを作品にできるっていいですよね」
他人事のように楽しそうにそういう戌井さんは、やっぱりつかみどころがない、というか、つかませてくれない人だ。だけど言葉の一つ一つに、表情の一つ一つに、人間臭さやあったかさが滲み出ていた。
戌井昭人。知れば知るほど、さらに知りたくなる男だった。

作家、劇作家、役者
戌井 昭人 AKITO INUI

1971年東京都生れ。玉川大学文学部演劇専攻卒業。文学座研究所を経て、97年にパフォーマンス集団「鉄割アルバトロスケット」を旗揚げし、脚本から出演までこなす。2008年『鮒のためいき』で小説家デビュー。2014年に『すっぽん心中』で川端康成文学賞受賞。2016年に『のろい男 俳優・亀岡拓次』で第38回野間文芸新人賞受賞。俳優として映画やドラマ、CMでも活躍している。

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