その火に、想いを灯して

300年も前から続く日本伝統の花火「和火」。
儚げでありながら力強い赤褐色の炭の火の粉に、大切な想いを灯す。

和火師 佐々木厳

心が鎮まる和火は、火そのもの

紙の上に盛られた黄、黒、白の粉。それを混ぜ合わせ、体重をかけて何度も何度も押し付けるように捏ねていく。灰色がかっていた粉は、押し付け捏ねるたびに少しずつ混ざり合い、やがて真っ黒で少しねっとりとした粉になる。丁寧に何度もふるいにかけてできあがったのは、花火のもととなる火薬だ。
「伝統的な和火の原料は硫黄と木炭、硝酸カリウムの三種類だけです。発色は木炭が燃える際の赤褐色だけで、その限られた原料の配合比率のみで色の濃淡や火の強弱を出しています。江戸時代から原料も製法もまったく変わっていないんです。明るくカラフルな洋火は気持ちが高ぶりますが、和火は同じ花火でも気持ちが落ち着きます。ただ見つめているだけで、心が鎮まりあたたまってくる。和火は火そのものなんです」
佐々木さんは尊ぶように、やわらかく優しい口調で説明してくれた。
和火の三つの原料は、すべて自然界にある。佐々木さんはその一つ、松煙の原料となる赤松の古木を自らの足で探しに行き、原料づくりに取り組む。
森の中で30年もの時を静かに重ねてきた赤松の古木は、和火の赤褐色の炎をつくりだす松ヤニをたっぷりと含んでいる。その原木を集めて持ち帰り、小割にしてじっくりと時間をかけながら焚き上げて煤をつくる。50㎏の古木からとれる煤はわずか1㎏。昔ながらの線香花火づくりには欠かすことのできない大切で地道な作業だ。
「僕は原料や製造過程の中に循環を取り入れ、自然の恵みを享受しながら、自然と共生する花火づくりをめざしています。隅田川の花火もそうですが、花火の原点には祈りや感謝などの想いを伝えるということがあると思うんです。今は華やかで迫力のある洋火が主流ですが、昔ながらの和火のように、想いを伝えるための花火って素敵だなと思います」

直感を信じて、和火づくりの道へ

佐々木さんが花火の世界に入ったのは10年ほど前。初めは多くの人を魅了する華やかな打上花火に魅せられ、花火の町である市川三郷町にやってきた。打上花火の製造会社で5年余り経験を重ねたが、和火に惹かれる気持ちが自分の中で大きくなっていった。
「和火には何かがある。和火しかない」それは直感だったという。

「その時は何で和火なのか、自分の中で説明できるまでではなかったんです。でも和火を追求したいという想いは強く、独立しようと決めました」
直感を信じて、一人で和火づくりを始めた。まず手掛けたのが線香花火だ。火の色合いや強さなど、自分の頭の中に描いている姿を求めて何度も何度も配合を繰り返し、何枚も和紙を選び替えては撚り、撚っては火をつけて火花を確かめる日々が続いた。
「納得がいく花火ができるまで2年ほどかかりました。トータルで5000回は試作を繰り返しましたね。配合は三つの原料の足し引きではなく、全ての掛け合わせなので計算しきれるものではありません。黙々と繰り返す毎日でした」
そんな中から生まれた佐々木さんの線香花火は素朴であたたかく、それでいて凛とした強さを感じる。まるで佐々木さんの和火への真っすぐな想いや積み重ねてきた日々、指先に何千回も記憶された感覚など、すべてを包み込んでいるような大らかで力強い花火だ。

想いを込めて、打ち上げる

和火づくりに取り組んで4年が経ち、自分の中だけにあった和火への想いは今、しっかりと言葉にできる確かなものになっている。

「僕にとって花火とは、単に楽しむものではなく、火という大きな枠としてとらえる中で、想いや気持ちを伝えるもの、気持ちを伝える時間や場をつくるコミュニケーションツールです。僕ができるのは、和火でそれを表現すること。和火づくりは僕にとって使命です。そして昔から変わらない和火を伝えていくことも、僕の役割だと思っています」
佐々木さんにとって和火をつくり、人に届けることは、昔から生活の中にあって人々の暮らしや心を豊かにしてきた火と向き合うひとときの大切さを伝えること、そして火を見つめながら言葉を交わし、心を通わせ合うひとときを届けることなのだろう。
佐々木さんが各地で開いている線香花火をつくるワークショップは、そんな和火への想いを伝える場でもある。
「和火づくりで使用する自然原料を見て、聞いて、実際に触れてもらうことで、私たちの身近なもののほとんどが自然の働き、恵みを享受し生み出されていることを知ってもらうことができます。そして線香花火づくりを通して、本来の線香花火のあるべき姿を知ってほしいと思っています。外国産99%の現状を打破し、線香花火に愛着を持ってもらうことで、その文化を守り続けることができるという想いで活動しています」

さらに、和火との向き合い方が明確になったことで、佐々木さんは和火の道をもう一歩先へと歩み出すことにした。
「今春、オリジナルブランド『丸屋-MARUYA』を起ち上げました。これまでは自分の名前で出したいという気持ちが強かったんですが、最近は客観的に見るようになって、コミュニケーションの場や時間を提供する花火ブランドをつくろうと考えました。ブランド『丸屋-MARUYA』を軸に、新たに和火の打上花火を手掛けていきます。多くの人を楽しませるエンターテイメントとしての要素も残しつつ、個々の想いに寄り添った花火を展開していきたいと思っています。感謝や祈り、様々な想いを伝えるシーンで『丸屋-MARUYA』の花火を使っていただき、あたたかい気持ちに包まれる、そんな時間と空間を提供していけたらうれしいです」
大切な想いを込めて、一つ一つつくりあげる打上花火。夜空に花開く和火の赤褐色の火の粉は、見る人の心に確かな想いを灯すだろう。


日本の線香花火・結は「日本の匠と美ほさか 甲府店 / 八ヶ岳店(保坂紀夫竹の造形美術館)」で取扱いしております。
日本の匠と美ほさか http://www.hosaka-n.jp/

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