いつも思うのだけど、お茶とレコード演奏って似ていると思う。
道具でたとえると、お茶碗はスピーカー。アンプは茶入もしくは棗。
プレーヤー(カートリッジとアームも含めて)は茶杓。
やっぱりお茶はレコードかな。そうすると釜は、水差しは・・・と想像するのが楽しい(僕だけ?)
お茶の作法をお茶を知らない人が見ると、奇異に見えるのだそうだが、実はとっても利にかなっているもので、無駄ひとつないシンプルなもの。この順番がくるうとお茶がたたなくなる。
レコードをかけるのも人それぞれきちんとした作法(順番)があり、ひとつでもくるうと満足な音がでない。(本当か?そーなんです!)
お茶みたいに表、裏、いえ武者小路ですとレコード演奏にも流派があったりして・・・
ターンテーブルにレコードを表に回してのせるのが○○家、裏に回すのが××家なんてね。
ちなみに飲むときお茶碗をまわすのはちゃんと理由があるのです。
今の人が、僕らがレコードをかける作法を見たらやっぱり変に思うのだろうな。もっと簡単にiPodとヘッドホンで音楽が聴けるのに。
でも何だかそれじゃ味気なくありません?誰が聴いても同じじゃん。

QUADはお茶の道具でいうと尻張棗か。小粋で洒落ている。そして優しい風情。
お茶の道具の取り合わせで、その人のなりが分かるものだが、オーディオも同じか。
どちらにしても僕は邪道かな。
コメント (0)
コメントを残す

