モーターが届き糸ドライブプレーヤーがとりあえず完成したので模様替えをした。
はじめは新たにプレーヤーの置き台を作ろうかと思ったが家の倉庫を見てみたら
放置されていた昔の和箪笥があった。
これって使えるかも?
ホコリだらけの箪笥を引っ張り出し引き出しを外し、結線しやすいように裏の杉板をはがす・・・
幅もぎりぎり収まるかな?引き出しをはずしたところはベニヤを通せばアンプが置ける。
手元にあるもので見立ててみました。意外と良い雰囲気。
和のテイストが糸ドライブと真空管アンプそれにQUADのアンプに似合っています。
そういえば小林秀雄さんのリスニングルームもQUAD22とQUADⅡ
それにガラード301が和(厳密では和ではないが今の眼でみれば和)のキャビネに収まっていた。
それにしても昭和だねこの感じ。


土曜の朝。地震で起こされた。
昨日遅くまで糸ドライブと格闘していたから寝ぼけて下にあわてて降りていったが、
家族も物も何事もなく落ち着いていて安心。

先日、Fさんに昔、芸術新潮で連載していた「ひとりよがりのものさし」の本を貸していただいた。
骨董とは少し外れたところで作者の眼にとまったものを一点一点紹介している。
連載当時は楽しみで芸術新潮を購読していた。それが一冊になっているなんて知らなかった良い本です。
上の写真はそんな気分で撮った苔玉。最近はこの台?の上が定位置になっている。
この台は僕が茶杓を削るときに使ってるもの。使い込まれて良い味になっている?
竹を押さえやすいように角材がつけてあるのだがなんか良い感じ。
奥さんがこの上に苔玉を置きだして似合っているからそのままにしてある。

糸ドライブプレーヤーのモーターが届いた。
矢崎さんが40cmのターンテーブルに合わしてつくってくれた。とても感謝。うれしいです。
ガラードで回すのと違って、とてもなめらか、音がすっと自然に立ち上がる。
やっぱりガラードからも糸を伝わって振動を拾っていたんだなと、こちらに変えると良く分かる。
今までよりも気配が伝わる。
オープンリールテープレコーダーのモーターを使っていてとてもしっかりしている。
こういうところが音に反映しているのだろう。
そして問題はこの糸。医療用の糸だそうで細い番手を二重にして使っている。
今まで色々試した中でこれが一番良いそうだ。
さすがに僕が前に使っていた凧糸(それと比べるのも何だかだが)と違ってぶれもなく何のストレスもなく回る。
こんなに細いのにとても強い。(真ん中に写っているのがそう)
糸の結び方もご教授いただいた。一番抵抗が少なくほどけない結び方。
いきなり究極の糸にたどりつくのも抵抗があるが(まあその前に凧糸を試しているから)
これも伝授されたノウハウとして・・・
こういった先人の知恵(文化だと思う)はきちんと伝えていかなければ。
それやなこれやで昨晩は、高さの調整やら、糸のかけ方に悪戦苦闘。
でももう大丈夫スムーズにできるようにコツをつかみました。
それにしても糸ドライブプレーヤーの佇まいってとてもプリミティブ。
プリミティブなだけにそこに知恵と工夫がいかされているのだと感心しました。
はたから見ればどうでも良いことなのだろうけどそこに自分の「ものさし」があるから大切なことなんだよね。
昨日、雪で散々な目に合い、ようやく家に帰りつき、やれやれと思い
ゆっくりとCDをテープに落とそうとしたらカセットデッキの不調でテープが絡まり
ストックしてあった貴重な昔の(ほとんど20年前のもの)テープを一本駄目にしてしまった。
デッキをNakamichi 1000に変えて
(何だかんだと言っても最後はこれか!一番古いのに一番頑丈)
やっと落ち着いて音楽に浸る。
ちなみに写真のデッキは故障してしまったNakamichi ZX-5
音も良いから、うーんなんとかしなきゃ・・・・・

どうもモードスイッチが調子が悪いらしい。開けて接点をごしょごしょいじったら何とか動くようになった。
しばらく様子を見てみよう。テープを一本録音して何とか今日のところは大丈夫みたい。

それにしてもカセットテープって良い音。
なぜこんな便利で簡単な、しかも音が良い記録媒体を見限ってしまったのだろう?
大体録音していてその様子が目に見えるってことが良い。それにテープによって音に個性もある。
自分のチョイスがいかせるってことが楽しい。
今もCDを落としながらテープの音を聴いているが、CD生よりよっぽど心に沁みる音。
特にこのクラスのデッキ(値段の割りにつくりは・・・でも壺は押さえている。そこがNakamichiの良さ)で聴くと
ほとんどカセットテープとは分からない。(本当です!)
こんな細いテープにこれだけの音を刻めるところまでがんばったのに・・・・大事にしていこうと思う。

QUAD44のMの赤いボタンやっと使い方が分かりました。モニターだったんですね。
3ヘッドのデッキだと録音しながらテープの音がモニターできる。
三富徳和の天神祭り
山梨のお祭りで一番雪が似合うお祭りだと思う。
訪れたのは7年ぶりだが今年も雪だった。
七年前まだ小さかった娘を二人連れて山車といっしょに練り歩いた。



山車が来るのを待ちわびる。

雪の中の徳和集落

太鼓の音ともに山車がやってきた。


村の人の笑顔があふれる心が温まるお祭り。
もともと子供たちを中心に行われてきたお祭り。こんな山間のお祭りなのに子供が多いのもいいよね。
これに魅かれてカメラマンがいっぱい集まるのかな。
でも若い人はいないね。みんな年配のカメラマン。それも何か寂しい。
こういうお祭りをぜひ見てもらいたい。

7年前にも見たかわいい六地蔵。

まだ小学校に入る前の頃だと思う。
雪が降って寒い日。足を伸ばしてこげないように注意しながら掘りごたつに入っていると
久方ぶりに親父が帰ってきた。
僕が落書きしている絵を見ながら、となりにあった少年マガジンをぱらぱらめくり
ゲゲゲの鬼太郎のある一こまを模写しはじめた。細いペンで綿密に描いていく。
「父さんうまいなあ」と僕が感心すると
「水木しげるの絵は構図が素晴らしい」とぼそりと言った。
その絵は今でも覚えている。
ただその後いくら鬼太郎の単行本を見返してもその絵を見つけることができない。
大きなつけものの樽の横にねずみ男が立っている一こまだ。
富士川町平林の雪景色を見ながらそんなことを思い出した。





夜明け前。山中湖のわかさぎ釣りドーム船に乗り込む。

薄氷の貼る山中湖に夜が明けてきた。外は凍える寒さだがドーム船の中は快適。

富士山は傘雲。天気がこれから崩れる前兆。

雄大な富士山に抱かれる山中湖。。こんな富士山を見ながらわかさぎを釣れるなんて贅沢。

名人にわかさぎ釣りの教授をいただく。さすが名人、糸をたらすとすぐにわかさぎがかかる!なぜ?

この可愛いお嬢ちゃんも名人?あらよあらよと釣り上げる。

やったー釣れた!初のわかさぎ釣り一号。
やっぱり思いと集中力かな。取材と釣り両天秤はいけません。

ドーム船を後に未練を残し波止場へ向かう。帰りながら船長さんに山中湖への思いを聞く。
船長さんの湖を愛する気持に心を打たれました。うーん海いや湖の男。富士山が良く似合う。

山中湖、紅富士の湯で釣ったわかさぎを持ち込めばすぐに料理してくれるサービス。(一品600円)
釣るのは楽しいけど釣った後、料理するのが大変。これはうれしい!から揚げとイタリアン風天ぷらが選べる。
さすが釣りたて揚げたてで美味。富士山のわかさぎの味がする?

冬の山中湖。ほんとうにおもてなしの心が伝わる。とても良い経験をさせていただいた。おすすめです。
初雪
朝起きたら庭は真っ白。たいして積もっていなかったがあわてて支度をし会社へ向かう。
それでも甲府はほとんど積もらなかったらしい僕が住む東ごおりだけ雪国だった。

エルビン ヘビー・サウンズ

雪の日も雨の日も風の日もマケズに性懲りなく庭で煙草を吸っている。
家の中は禁煙だからしかたがないが毎朝起きて一服。その時間で一日のスケジュールを考える。
その日の天気の具合も肌で感じることができる。
夜は夜でこの時期は震えながら外で一服。寒いながらも星がきれいだ。
家の中から音楽がもれる。不思議とその日の音の調子が外で聴いていると良く分かる。
上から下までバランスよく響いていれば調子がいい証拠。
この間、日曜のドラマ「運命の人」を見ていてドラマの中でみんなが煙草をスパスパ・・・
最近のテレビドラマではめずらしい。でもあの時代はそうだった。あの煙草モクモクが時代を良く表現していた。
だからって煙草は良いとは思っていない。ほどほどが良いです。
でも煙草を吸っているその合間。決して無駄じゃないような気がする。
フリー・アット・ラスト ECM第一弾
まるでモンクのようなマルの朴訥なタッチが心地よい。なぜ第一弾がマルだったのか?
このジャケットデザインもアメリカを意識しながらもタイポグラフィにヨーロッパのテイスト(ドイツ)が匂う。

うしろにあるプリアンプはGAS(ザ・グレート・アメリカン・サウンド)のセーべ。
アンプの鬼才 ジェームス・ボンジョルノ設計。
サーボループコントロールアンプのため真空管のように電源を早めに入れてやる必要がある。
この一風変わったアンプ不思議と掴みどころのないデザイン(お里が知れない?)
意識的に狙っている(外している?)絶妙なデザインと作りに魅かれる。
決して洗練させない(ラフ!良い意味で)。物としてこれでいいのだと割り切っている飽きないデザインさすがです。
音もさすが。これでいいのだ(媚びない)って感じ。シャープでいながら暖かい音。
QUADのイギリス(ロンドン)、GASのアメリカ(イタリア系?)どちらも捨てがたい。
ということで今両方つながっています。

伝説のアンプデザイナー ジョン・カールとジェームス・ボンジョルノ!

小正月どんど焼き
娘と団子をぶどうの枝にぶらさげて出かける。
どんど焼きに来ると昔は子供がいっぱいいたものだが最近はめっきり少なくなった。
娘は書き損じの書初めの紙を焼き、僕はお団子を焼いた。

夕暮れに道祖神の竹がなびく

こうやって火を囲むとすごく郷愁を感じるのだけど・・・
それって日本人の血に流れているものなのか?ずっと昔からこんな風景を見ていた気がする。

チャック・マンジョーネ サンチェスの子供たち
黒田恭一さんがこのレコードにはまって繰り返し聴いているという文を書いていた。
ちょうど黒田さんがアンプをとりかえたばかりで
機器の音を聴きたいのではなくこの愛すべきレコードを聴きたいのだ
機器の存在を意識させないのが最高の装置じゃないかということを
でもこのレコードの何が黒田さんの心に響いたのだろうか・・・
映画のサントラとして作られたこのレコード、けっこう大げさな(俗っぽい?)ところもあって最初はピンとこなかったのだけど・・・
繰り返し聴いていると何となく分かるようなような気がしてきた。
郷愁があるんだよね。そこがこの人の魅力かもしれない。
僕のブログがいつのまにかたまってしまい編集部ブログから独立させることにした。
ところが、思わぬ手違いから過去のブログが100件以上飛んでしまう・・・
何とか文章は助かったが写真データが失われてしまった。
(それでも文章が助かってよかった。もう一度書くことはできないから)
バックアップの写真はパソコンの中にとってあるが、もう一度はめこんでいかなければならない。
これも途方が暮れる作業。かといってほっておく訳にもいかないから少しずつアップするつもり。
過去を振り返る作業はちょっとつらいけど
これを良い機会に心機一転(気持の上だけ そんなに変わらないと思う)続けようと思う。
・・・・・・・・・

そんな訳ではないけどリターン・トゥ・フォーエバー。
このレコードを聴いているとあの時代の空気に包まれる。
たぶんジャズを聴き始めた頃、リアルに流れていたから
この辺の音楽はやっぱりレコードで聴きたい。
CDだとあの頃の空気は流れない。ラジオでもいいかな。
見るもの、聴くもの全てが新しい時代に感じられた・・・
夢を見て街をかっぽしていたあの頃が懐かしい。

