まるでジオラマのような山間の集落。富士川町十谷(じっこく)

十谷を訪ねるのは、おととしの秋以来。何ひとつ変わっていなくて安心した。

十谷の空にはツバメが良く似合う。

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「つくたべかん」で「みみ」をいただく。形が蓑に似ているから「みみ」。
つるりんもちもちとワンタンとスイトンを合わせたような絶妙な食感。素朴で心が安らぐ優しい郷土食。
この地では、お正月などの晴れ日にいただいたおごっそう。

集落の中はとても整然としていてゴミひとつ落ちてない。
住んでいる人たちがとてもこの地を愛しているのだと思う。素晴らしいです。

いつも My Back Pages を繰り返して聴いてしまう。ディランの曲だよね。
QUAD405に変えてCDがアナログのように響く。うれしい・・・
軽井沢ショー記念礼拝堂。取材のため旧軽井沢に・・・緑の木立の中に礼拝堂が佇む。
和風の教会建築。誠実で清楚な感じが美しい。


小川のマイルス。こちらも清楚なマイルス。なぜ?というようなこのジャケット。ギルメレです。
売る気あるのか!せっかくコルトレーンを迎えたのに・・・でもこんな気張っていない(いい加減な)プレステッジ盤大好き。

小林秀雄のリスリングルーム。真贋という本に自宅の写真が紹介されていて発見。
QUAD22とガラード301が見える。信楽の水差しと妙にマッチしている。これはQUADとガラードだからこそ。
このさりげなさは見事。
スピーカーもちらっと見えているんだけど・・・タンノイ?
いつも思うのだけど、お茶とレコード演奏って似ていると思う。
道具でたとえると、お茶碗はスピーカー。アンプは茶入もしくは棗。
プレーヤー(カートリッジとアームも含めて)は茶杓。
やっぱりお茶はレコードかな。そうすると釜は、水差しは・・・と想像するのが楽しい(僕だけ?)
お茶の作法をお茶を知らない人が見ると、奇異に見えるのだそうだが、実はとっても利にかなっているもので、無駄ひとつないシンプルなもの。この順番がくるうとお茶がたたなくなる。
レコードをかけるのも人それぞれきちんとした作法(順番)があり、ひとつでもくるうと満足な音がでない。(本当か?そーなんです!)
お茶みたいに表、裏、いえ武者小路ですとレコード演奏にも流派があったりして・・・
ターンテーブルにレコードを表に回してのせるのが○○家、裏に回すのが××家なんてね。
ちなみに飲むときお茶碗をまわすのはちゃんと理由があるのです。
今の人が、僕らがレコードをかける作法を見たらやっぱり変に思うのだろうな。もっと簡単にiPodとヘッドホンで音楽が聴けるのに。
でも何だかそれじゃ味気なくありません?誰が聴いても同じじゃん。

QUADはお茶の道具でいうと尻張棗か。小粋で洒落ている。そして優しい風情。
お茶の道具の取り合わせで、その人のなりが分かるものだが、オーディオも同じか。
どちらにしても僕は邪道かな。
ライブ工房 ホサカさんにガラスの器を取りに行く。
震災にあった岩手一関の作家さんの作品。震災で釜がこわれ、なんとか直すことができたが、また余震で壊れてしまったとのこと、何とか残った作品を集めて展示会をやっている。
夏の水点ての茶碗用にと黄金色に輝く黄色い器を選んだ。
内陸の一関でもそんなに被害があるなんて・・・応援します。

黄色い器に緑の抹茶が映えそう。茶杓も涼しげに胡麻竹の茶杓が似合う。
二階で展示してあった福岡添島のいぐさラグ(香りも良いよね。いぐさの香りって集中力がアップするらしい)も涼しげでとても良かった。日本の職人技の逸品。夏を気持ちよく(精神的にも)過ごす品が揃っている。エアコンを使わなくても心の持ちよう!日本の文化を見直してください。

卒業のサウンドトラック。
サウンド・オブ・サイレンスはもちろんだけど、ミセス・ロビンソンが好き。急にこのジャケットが見たくて引っ張りだしてきた。昔の映画のワンシーンって様になっている。今の映画ってシーンより他が印象的でそんなに覚えてないんだなー。
長雨だと思っていたら梅雨入り。晴れ間の一日、無理して甘利山に行っていてよかった。
来週になったらいつになるか分からなかった。

山梨の山にしては、気持ち良く開けたところ。ちょっと意外、僕には新鮮だった。
ここには一面ツツジが咲き誇るが、少し早かった。木道が天に昇るように続く。

甘利山から千頭星山へ。広い笹原の中を登山道がうねる。千頭星への道はところどころ雪が残ってる。
一人で歩いていると子供の頃を思い出した。

向こうにオベリスクが見える。

帰り道、白樺が夕日に輝く。誰一人いない。この孤独感もたまには必要。

QUAD405 しっとりと哀愁のある音を奏でるアンプ。それでいて芯にチカラがある。
これを手に入れた直後、cozyさんが晴耕雨読を紹介してくれた。不思議な縁があるものです。
一音聴いた直後、心に沁みてきた。良いアンプです。
僕が手に入れたQUADは随分使い込まれてくすんでいるけど、それがとっても似合っている。磨かないで当分このままで使おうと思う。
今日も朝から雨。まるで娘の心の様。でもみんなそうやって大人になってきた。
ひとつ思い出がふえた。後になってそう思う。

雨で景色が滲む。

スリー・ブラインド・マイスの細川綾子。
とても前向きな歌い方に元気づけられる。とくにMISTYと明日に架ける橋が好き。
Feel Like Makin’ Love もいいな。
三日間このCDばかり聴いていたらいつのまにか晴れてきた。
「cozyの蒼い日々」という僕の好きなブログでこの晴耕雨読の編集ブログが紹介された。
cozyさんが淡々とした文章で日々の思いを綴ったブログ。
このブログを知ったのは、たぶんJBLのD130の検索がきっかけだったんだろう。
僕と同じD130のユニットを使い、「へーっハークネスか」と、また同じバックロードシステムを使っているので親近感をおぼえた。
それから楽しみにちらちらとブログを拝見してきた。関西の方(淡路)、本当に自分の好きな洋服(ペンドルトンや英国ニット)を売っているお店をやっているらしい、そしてカメラとジャズが好き(スピッツも!)
茶杓の時もそうだったけど、モノが人をつなぐ力ってあると思う。
昨日cozyさんのブログで「晴耕雨読という雑誌」と出ていてビックリしました。うれしかったです。
cozyの蒼い日々
とても素敵なブログです。
コメントを残そうかと思いましたがそれも何だかなとブログでお礼します。
古民家を建て直すというという話を聞き、煤竹をもらいに行く。

立派な梁。茅葺はすでに取り除かれていた。

裏に積み上げられた茅葺。茅葺を支えていた煤竹も無残な状況。

使えそうな煤竹を引っ張り出す。古民家はもう新しく作られることはないから、煤竹は貴重だ。囲炉裏の煙で何十年と燻され、竹が飴色に染まる。何百年となると真っ黒になるほど染まる。ただ、囲炉裏が使われなく、萱の上に屋根がかぶされると虫に食われ竹もぼろぼろになってしまう。竹も腐らない季節に採られれば虫にも強いのだが(11月から2月の頃)そういった竹は中に虫が入らない。
もう二度と作られることがない煤竹。煤を落とし磨くと、とてもきれいな深みのある色になる。
この竹がどんな茶杓に生まれ変わるか。これも出会い。

煤竹の茶杓
ここのところ爽やかな日が続いている。夕暮れの雲もとても美しい・・・


テアトル石和にドキュメンタリー映画「10万年後の安全」を見にいく。
大量の放射性廃棄物をフィンランドのオンカロ地下500mに埋葬する計画の話だが、放射能が完全になくなるまで10万年かかる。その間に誰かが?掘り起こすかもしれない。この危険性をどうやって未来に伝えるのか?未来の人々は私たちの言語を理解できるのか?それとも誰にも分からないように静かに埋葬すべきなのか・・・
関係者のインタビューと地下トンネルの工事の映像が淡々と流れる。
放射能は人間の五感では感じることができない。見ることも、匂いも、刺激も、しかし静かに確実に私たちを破壊する。決して入らないでください。
クラフトワークの名曲 radioactivity が映画に使われていた。
http://www.youtube.com/watch?v=kXD6Gtinvbc&feature=player_embedded

昭和の映画館の面影を残すテアトル石和。石和のぶどう畑の路地にポツンとある。
はじめて映画を見に行った子供の頃を思い出す。(ゴジラだったか・・・、東映まんが祭りの長靴をはいた猫だったか・・・)
映写機のカラカラという音が響き。子供の頃の映画が始まる前のワクワク感が甦る。
映画を見ていて音が良いなー(今時の音じゃない、懐かしい映画の音)と思って前のスピーカーを見にいったら、なんとアルテックA5?(ホーンは違ったけどエンクロージャーがA5)が舞台に収まっていた!
テアトル石和ずっとこのままでいてほしい。

アルテックA5システム。さすがボイス・オブ・ザ・シアター。
昔の映画館は、みんなアルテックのシステムだった。


黄砂が晴れてやっと青空が見えてきた。連休終わりの夕暮れ。

レコード棚に仕込んだフルレンジ(P610)用のアンプをTRIOのKA-9300にした。
DCアンプの先駆けとなったプリメインアンプ1976年製。チューナーのKT-7700と同じ時期の発売。思わずトリオラインが出来てしまった。
この頃のTRIOのデザインが好きだ。しゃれっ気のない、いかにも機器という質実剛健という作り。フロントパネルも5ミリはあるアルミのヘヤライン仕上げ。
ヤニでシャンパンゴールド?に染まった(ひゃー30年以上!)パネルを苦労して磨いたら当時の精悍さが甦った。
中も見事にホコリで真っ白。エアーでホコリを吹き飛ばすと、このアンプの売りのひとつである2トランスがドカンと鎮座している。左右シンメトリックに配置された内部を見ているとこの時代のアンプがいかにまじめに作られていたかが分かる。今の時代つくったらいったいいくらになるのか?夢の塊だね。

当時の雑誌広告(ステレオサウンド38号1976春) KA-9300

KT-7700 広告もかっこいい。コピーも良い。
このアンプが発売された頃、僕は中学生だった。初めてジャズのレコードを買ったのも中学生の時。当時の記憶を探る。何のレコードだったか・・・?

キースのバラの一枚。
この頃の音楽がとっても合う。やっぱりこの時代の音。すきっと爽やかなトーン。とても見晴らしが良い。こうして夢を追っかける僕。

