桜が満開。今日はアイヌの長谷川さんに会いに行く。

熊野神社の狛犬(足を切られた狛犬)に呼ばれたのだろうか?長谷川さんのお宅は、神社のすぐ下にあった。

熊野神社の桜。

誰も畑とは気づかないかもしれない。そんな長谷川さんの魂(カムイ)の畑は美しかった。

長谷川さんの畑から月を見る
三ッ峠に娘と登る。太宰の富嶽百景を読んだから連れて行ってくれと頼まれた。
最近二人で走ったりと親密。何だかうれしい。
ところが、4月になったというのに御坂側の登山道は残雪でアイスバーン状態。つるつるすべりながら二人で大騒ぎで登る。

まだこんなに雪が残っている。
それでも小さい子供を連れた登山客がいっぱいいた(登山デビュー?うちもそうか)

かわいい。ちゃんとみんな「こんにちは」と声をかけてくれる。

三ッ峠山頂。iphoneで富士山の写真を撮る娘。
帰りはつるつるとスケート状態。二人で腕を組みすべる娘を支えながら下る。それはそれで楽しかった。娘とこんな風に過ごすのは小学校の運動会以来だもの。


山頂でアマチュア無線をしている人に出会った。アンテナも組み立て式で持ち運びができる。山で写真を撮っている人は多いが、アンテナを立てて交信している人にははじめて出会った。かっこいい。

電波を捕まえるってとても夢がある。レコードやCDとはまた違った楽しみ。
今はPCで何でもできるけど、あえてFMチューナー(TRIO KT-7700) アナログのバリコンで夢の音を受信する。
「古くなって朽ちそうになったものに魅かれるんです」とわじあじあのご主人渡辺さんは言っていた。僕らよりも一回り若い世代の感覚も似たものがあるんだなと思う。
現代の侘び寂びわじあじあ。

錆びたトタン。美しい。

渡辺さんが暇な時こつこつと作っている錆びたトタンのミニュチュアの家。

とてもうれしいものを見つけた。シンプルなスチールのタオルかけ。
なかなかこういうのないんです。マイナスねじというのが泣かせます。これがプラスだと美しくない。早速購入。(マイナスねじに食いつた人がいるなんてと渡辺さんに喜ばれた)
となりにあるのは、宮沢昭の初リーダーアルバム「山女魚」1962年録音。
渓流釣りをしているジャケットがとてもジャズアルバムとは思えない。オリジナルLPジャケットの色彩を可能なかぎり再現!とライナーにある。この色味本当に当時の印刷の色。
こちらも泣かせます。二つ合わせて早速家のテーブルで撮影。
なんて美しいデッキ。
ヤマハが一番輝いていたころのデザイン。
このカセットデッキK-1aとチューナーのCT-7000の潔いデザインは憧れだった。
スイッチと窓の配置がピッシッと収まっているモダンデザイン。
ヨーロッパデザインぽいんだけど、和のテイストも感じられる。(侘び寂び?)

デザイン的に余分な細かいスイッチはパネル内に収まるようになっている。
しかも総アルミパネル。今じゃほとんどアルミもどきのプラスチックだよね。

ジャンクコーナーに「再生しません」とヤニとホコリまみれだったこのデッキをたまたま見つけて不憫で買ってきた。案の定モータのベルトが溶けてベトベト・・・きれいに取り除き、手持ちのベルトと交換。直径60mmぐらいか?55mmしかないけど何とか合いそう。
やったー!ちゃんと動きました。あとはきれいにパネルとかスイッチを磨いてやって・・・
復活ヤマハ・ビューティー!

こちらがもうひとつのビューティー。チューナーのCT-7000。
1974年のステレオサウンドの表紙になっています。当時のチューナーの最高峰。当時22万もしました。この頃の日本のオーディオって夢があります。(いつか出会えるかな・・・)
僕がSMEとシュアーV15に走ったのは、一昨年の暮れ一関ベイシーの音を聴いてから。
そのふくよかでありながら重くならない低音を聴き、これは?と考えた。
(音がでかい!こんな大きい音で聴かせるジャズ喫茶はそうないだろう。でもちっともうるさくないんだな)
出口のスピーカーより、興味を持ったのが入り口のカートリッジ。
まずは、V15タイプⅢを手に入れ(本当は針も合わせたいとこだが僕のは赤いHE超楕円)ついでトーンアームのSMEの3009シリーズⅡこれは、シュアーに合わせて開発された超軽量で軽針圧用のアーム。そしてターンテーブルをガラード401と・・・
その結果は・・・ちょうど一年間聴き続け満足している。今までと比べ音の生気が違う、楽しい。質感がとても良い。反応が早い。というか不満がないのが一番。
設定は(針圧とか、トーンアームの高さとか)一年間まるで変えていない。最初でうまくハマッテしまった?別にこれといって不満もないので、本当はもっと色々ためせばもっと攻めることはできるのだろうが、このバランスをくずすのは、正直めんどくさい。
いじればきっと元に戻すのに苦労するだろう、それほど設定する箇所が多いので余程何かなければと思ってしまう。(ただズボラなだけ?)

SME3009シリーズⅡとS2穴あきシェル。
ガラードの振動が微妙にアームに伝わるのでベースにさらにゴムを噛ませてある (超いいかげん)

シュアーV15タイプⅢとハイパーエリプティカル針。
ベイシーでプレーヤーのブースを見せてくださいと聞いたら、「ちらかって、汚れているから・・・あまり見ないで」とあの独特の声でぼそぼそと言っていた。本当はシャイな人なんだなとその時思った。
確かにとっちらかったターンテーブル周り。本当に裸のまんまのLINNのターンテーブルが無造作に置かれ(そのように見えるだけかもしれない)絶妙なバランスなんだなと思った。その職人の仕事場のような光景が印象的。
帰り際に「がんばってね」と握手してくれた (何に対してがんばってねだったんだろう?)
今回の震災で一関もとても大変だと思う。
菅原さんがんばってください。また聴きに行きます。

アート・ペッパー (再会)
走るということを真剣に考えてみたくなった。
今まで何となく感じていたことを偶然にも(必然?)六花さんに出会って気づかされたのかもしれない。
シンプルな走るという行為から生まれる何かを僕なりに見つけてみたい。

樹海に佇む六花さんの足。

走り出す六花さん。
次回の晴耕雨読12号(4月末発行予定)で詳しく紹介します。
そんなこんなで僕も走り出しました。(どうなることやら・・・)
夕方から計画停電で今晩は電気が使えない。
ランプを囲んで家族と食事。
下の娘は、停電前にすでにお風呂も済ませ寝るばかり (まさに計画的)
電気が使えないことで不便はあるが、かえって家族との会話は普段より良くできる。
被災地のみなさんのことを思えばこれぐらいなんともない。

雪解けのしぶきが凍って不思議な氷のオブジェをつくる。


寒い一日。冬に戻ったような空。それでも少しずつ春は近づいている。
東日本大震災で被災にあわれた皆様
お見舞い申し上げます。
テレビを見ているだけで何もできない状態。
今僕たちは何をなすべきなのか・・・

足を切られた狛犬
前に撮ってあったが、停電でサーバーがストップしてしまい今日までアップできなかった。
晴耕雨読のホームページもアクセスできませんでした。(もちろんあの日は仕事もストップ)
電気が止まるだけで何もできなく現代。被災地の方々の不自由は計り知れない。
僕らは落ち着いて、よく考えて行動すべきだと思う。
朝早く鶯の声に驚いて(今年初めて聞いた)庭を見渡すが見つけることはできなかった。
その代わり雀がちゅんちゅんと飛び回っている。最近、雀を見ないなと思っていたが、ただ気づかないだけだったのか・・・そんな存在が雀ぽいなとも思う。

何を相談しているんだか?

おっとどこに行くんだ?

ダウンがあったかそうな近藤さん雀。
そういえばスピッツの歌って鳥の名前や空の歌が多いような・・・雀はなかったかな?
気がついたらそこにいる(ちょっと懐かしい空気感)スピッツの歌って雀みたい。

つぐみでした。今日は飛べるかな?
前回、天気が悪くて途中で引き返した三方分山に再度チャレンジ。
甲府盆地は、とても天気が良かったのだが、精進湖に着くとモクモクと雲が・・・

パノラマ台登山口から登り出すと、あられが降り出してきた。時たま向こうに青空も顔を出すので何とかなるだろう・・・
途中パノラマ台から降りてきた青年と挨拶を交わす。「降ってきましたね。気をつけてください。でもやむと思いますよ」と暖かい言葉。うれしいなー。

それでも尾根に出るといよいよ雪も本降り、こりゃ今日も駄目かな?と思いつつパノラマ台と反対の三方分山に向かう。
一番降り出した頃、これからパノラマ台に向かうグループとすれ違う。がんばってください!

三方分山の手前の上り坂を上りきると急に晴れてきた!ラッキー!

三方分山に到着。素晴らしい景色。目の前に精進湖と富士山が広がる。富士山の裾野にもうっすら雪が。
雲よ切れてくれと願うもむなしく、この後山頂がすっかり雲に隠れてしまった。残念。

山頂で一休み。シエラデザインのマウンテンパーカー。
オールド(クラシック?)な取り合わせ。今のハイテクウエアは快適なんだろうけど、僕らの世代はやっぱりこういうのが好き。
今は当たり前のマジックテープで留める袖口やポケットの仕掛け。この機能性に感心したものです。コットン60%ナイロン40%の混合素材(質感と感触)にもまいりました。

帰りは女坂峠から精進湖に下る。女坂は元々中道往還の古道。途中に石積みやら、石仏が残り、とても趣がある。絶景と歴史に触れられる良いコース。

昔の宿場の面影が残る精進湖の部落。苔むした茅葺の廃屋が残る。
それにしてもこの間は暖かくて今日は冬に戻ったように寒い一日。こうしてだんだん春が近くなる。

そういえばJBLのモニターシリーズの音響レンズも初めはマジックテープでヘコッと付けられただけだった。これも機能性?(確かにレンズが落ちたことはないがマジックテープを留めてある接着材が劣化して外れてしまうことがある)時代も同じぐらいだからマジックテープってその頃の流行?
こういう割切りかた(良い加減)がシエラデザインのマウンパも同じで好きなんだな。

アメリカの良い時代のデザイン。

